こいのぼりの言い伝え
こんな事が伝承されてきたんですね。
中国の正史、二十四史の一つである後漢書による故事で、黄河の急流にある竜門と呼ばれる滝を多くの魚が登ろうと試みたが鯉のみが登り切り、竜に成ることができたことに因んで鯉の滝登りが立身出世の象徴となった。
本来は真鯉(黒い鯉)のみで、明治時代から真鯉(まごい)と緋鯉(ひごい)の対で揚げるようになったが、昭和時代からは家族を表す物として子鯉(青い鯉)を添えた物が主流となった。但し、過渡的に黒と青だけという組み合わせも見られた。
最近では緑やオレンジといった、より華やかな色の子鯉も普及してきており、所によっては女の子も含め家族全員の分の鯉を上げる家もある。暖色の子鯉の増加はそういった需要に応えての事のようである。
竿の先に回転球や籠玉、その下に矢車を付け、五色もしくは鯉などを描いた吹流しを一番上に、以下真鯉、緋鯉、等を大きさの順に並べて揚げるのが一般的。
なお都市周辺では、1980年代以降の住宅事情(庭付き一戸建て住宅の減少とマンションなど集合住宅の増加)や少子化などのため、後述の童謡に歌われるような、民家の庭に高々と鯉のぼりが揚がる姿を見ることは少なくなっている。
高速道路などでは風速・風向を示す吹流しが、4月・5月には鯉幟に取って代えられる場合も多い。
なお、一部のジェンダーフリー論者からは、鯉のぼりが封建的な家制度の象徴だとして批判されるケースもあり、男女共同参画社会づくりの一環として鯉のぼりを家庭内の身分を想起させないよう縦ではなく横につるすように指導した自治体もあった。一方、こうしたジェンダーフリーの立場からの鯉のぼり批判は、石原慎太郎東京都知事から東京都議会(平成16年第2回定例会)において、「伝統文化まで拒否する極端でグロテスクな主張」として、公人の立場から公式に批判されている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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